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天照大神とキリスト③~太陽フレア

執筆者の写真: 2025年研究会2025年研究会

「ここ数日、頭痛がするんですが…」…と書くと、「わたし太陽フレアのエネルギーに敏感なんです」という自己認知につながる罠があると思う。私の場合はGW明けにレポートの締切が続いた寝不足による頭痛で、太陽フレアとは何の関係もない。


むしろ瞑想家(エナジーワーカー)なのに、太陽フレアの影響を受けているようでは、まだまだ…と思ったりする。流入する宇宙エネルギーに気づきながら、その時その時に必要なエナジーワークを組み立てていくことは、外と内の調整、身体と魂との整列に必要なテクニックだ。これからの太陽活動の活性化を思うと、健康管理、メンタルヘルス、どちらにとっても瞑想は生き残るために必要なテクニック(智慧)だと思う


…のに、まだまだ瞑想の大切さに気づけてない人が多いのは、ほんと残念だ。太陽活動の活性化、これは身体だけではなく、心にも影響してくるから!と、声を大にしていいたい。


ここ数日、SNSでは「私太陽フレアに影響うけて調子悪いです!」的な投稿がチラホラ目に入る。辛口な私のメンタル体は「それって自慢することではなく、私は心も体も管理できてませんーという表明だから、公にしなきゃいいのに」…と(光の中にいないマインド)は思うけれど、直観は(光の中のマインドは)「太陽フレアって影響あるんだ!という大衆の気づきは、いまとても大切だ」と思うので、そのような投稿には「いいぞもっと書いて!たくさんの人に影響を知らせて、太陽の影響に気づかせて!」と思う。




太陽には二つの側面がある。私達が知っている太陽は「物質太陽」だが、太陽には「霊的太陽(太陽のハート)」の側面もある。(その違いは講座でつかったスライドをみてください)



人類のみならず、生きとし生ける全ての命が恩恵を受けている昼間に輝く太陽!これこそ物質太陽であり、日本人が最高神として崇める「天照大神」は太陽の女神である。太陽は私たちの心身を温め、浄化、そして成長させる。天照大神を知らなくても、太陽を知らない人は存在しない。


そして秘教学は、もう一つ太陽があると言う。それが「霊的太陽-spiritual sun」。太陽光として平等に24時間地球にエネルギーを送り続ける「物質太陽」ではなく、まったく予想不可能な周期で強いフレアや電磁波というエネルギーを発するのが「霊的太陽」だと思う。そして、この霊的太陽の象徴がキリストである。


実際にキリスト教初期、キリストは太陽神として祀られていた。(ちなみにシュタイナーもキリストは太陽ロゴスと一体化していたと言及していた)その傾向は東方へと伝わった原初のキリスト教に残されている。



秘教学でもキリストと霊的太陽の関係性は、何度か言及されている。


キリストは全ての世界救世主や太陽神と同じように、「私は世の光である」と宣言した時(彼は確かにそのように宣言した)、彼は驚嘆すべき時代の幕を開けた~国家の運命 p201

イエスの物語には、それ以前の太陽神たちの物語や天空を巡る太陽の実際の運航と一致することが非常に多くある~ベツレヘムからカルバリーへ p87

人はハートのなかにある太陽についての知識と、その太陽から発せられる光によって道の扉を見つけたときに、私達の太陽系のハートである太陽と関係するようになる。 1.物質太陽ー体ー人間 2.霊的太陽のハートー魂(愛)-キリスト ~魂の光 パタンジャリのラージャヨガ経典 p.299-300

これで私が「天照大神とキリスト」をイコールと考えた根拠を理解してもらえただろうか。太陽の二つの面、二つの効果を象徴している二つの存在として、シンプルに同類にしているだけである。


もちろん「伊勢神宮に祀られている天照大神はイエスキリストである」…という主張は楽しい。研究者の著作を何冊か読んだが、その主張は「なるほど、それはおもしろい視点!」と思うが、信じているわけではなく、「伊勢神宮でエネルギーと透視で確かめてみたいな」ーという好奇心と、「そうならバチカンが公開するの?天皇家?誰が正式な公表をするんだろう?」という疑問と、「2000年を超えて点と点がつながる日がくればいいね」という期待だけがある。そして、すぐに「私には確かめようもない過去」という虚しさも生まれる。だから「伊勢神宮の天照大神はキリストである」という諸説の探求は忘れて、秘教徒としての「太陽」への理解に戻りたいと思う。



いま起きている太陽フレアの凄まじい活性化は、目の前で起きている歴史の直中の事象だ。「物質太陽(天照大神)と霊的太陽(キリスト)の二つの実在」が明らかになることで、ますます人間の二重性、パーソナリティと魂の二つの実在が明らかになるだろう…という確信と、秘教徒としての責任にしっかりと立脚したい。


それは天照大神とキリストの統合でもあるが、既存のキリスト教と神道の融合ではなく(組織という物質的な視点をこえて)、まったく違う新しい精神性(DK大師が言う新しい宗教)が生まれる可能性として、私は期待したい。そこに「キリストの再臨」へつながる「光の道」も見つかりますように。


それで霊的太陽は青色なんですよーという話は、長くなるので、また次回。


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