アリスベイリーの秘教学
ジュワルクール大師による不朽の叡智
「2025年研究会」
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- 光線とイニシエーション~最後で最強の秘教本
アリスベイリーが逝去する数か月前に完了した最後の本。霊的進化したイニシートのために、DK大師が最後に伝えた智慧ですが・・・・超難解です。ただただ「文字を追う」時間が続くページもありますが、最後の本らしく「未来のビジョン」が含まれた啓示本です。 2025年のために…という視点で本を読むと、予言もありました。 …が、難解です。そこは「私には責任がない」というアリスに倣って、「私はただの門前の小僧です」と先に明言しておきます。 今回の内容は、20世紀初頭から始まっている世界規模の混乱のさなかに、よき種は撒かれる…ということ。混乱ばかりに目をむけていないで、「よき種」を見つけて育てることにエネルギーを使いたいです。今日から4月。しばらくは「光線とイニシエーション」に「未来のよき種の智慧」を見つけてくださいね。 光線とイニシエーション(上巻) P.28-36 序説① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 したがって、私たちの惑星生命の完全に外側に起源がある降下するエネルギーのラインがある。このエネルギーの流入、周期の法則のもとでの必然的なその影響、物質界で引き起こされるその結果は、 人類がこの時期痛いほど気づいているすべての変化を生じさせてきた。 そして、今もそうである。これは過去と未来を直接衝突させるが、このように言うことで、私は人類が把握できる最も深い秘教的な真理を述べた。 エネルギーは最も低い下降点にすでに到達しており、そのため、現在の機会の性質が変化しつつあることも付け加えたい。これらのエネルギーは今、転換点と呼んでもよい地点を通過し終え、上昇点に達している。 それらは、下降するときには刺激を生み出し、上昇するときには変性と抽出を生み出す。一方の影響も、他方の影響と同じように変えがたいものである。上昇するエネルギーの必然性と、それらが引き起こす影響にこそ、将来の希望全体がかかっている。 したがって、エネルギーの下降が周期の法則のもと―いくつかの新しい「インスピレーション」、未来に向けてのいくつかの新しい「希望の種子」、さらに何人かの活動的な仲介者をもたらすということがあなた方にも明らかであろう。 彼らは、準備、促進、来たるべき新時代のすべての企画、 こうした仕事に対する責任を担っており、これからも担うであろう。
- 映画「オッペンハイマー」
オッペンハイマーの愛読書は、古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』。映画でも引用が何度か登場します。闘いに消極的なアルジュナを説得するために恐ろしい姿に変身したクリシュナは「我は死神なり、世界の破壊者なり」と語りました。オッペンハイマーはクリシュナと自分を重ねあわせて、原爆の父となった自分を正当性したのでしょうか。 「世界はそれまでと変わってしまった。我は死神なり、世界の破壊者なり」 ただ「バガバットギータ」は、秘教徒が知る限り、世界の破壊を勧める本ではありません。オッペンハイマーが自責の念を払拭するために、バガバットギータを拠り所にしたのだろうと…考えられます。いずれにしろ、原爆開発の背景に、秘教徒にとっては馴染み深い聖典があったのは、驚き…というよりも納得する感覚がありました。 ちょうど一時間前に観て、このブログを書いています。映画ファンとしては、ノーラン監督らしく時系列ごちゃ混ぜのシーンの連続のため、あと二回くらい鑑賞しないと、ストーリーそのものは理解できないように感じます。 なので感じたことだけ、備忘録として残しておきます。DK大師も原爆のことについて、何度か書いていますが、今日はそことは絡めずに…。 結論から言うと、懸念されていた「広島長崎の悲劇が映像として全くない」という事実は、「広島長崎が尊重されていない」とは受け取りませんでした。この作品は、あくまでもオッペンハイマーという一人の科学者の内面を描いた作品であり、彼の表情や、その後の人生から、原爆を生んだ後悔をオッペンハイマーは負っていたことは伝わりました。 ちょうど一週間前に長崎を初訪問して、訪れた平和記念公園や資料館は、とても平和で穏やかな祈りの地場があったことを思うと、最初の原爆実験があったロスアラモスの今と比較すると、負のカルマを背負ったのは、明らかに合衆国であり、真の勝者は悲劇を乗り越え、緑豊かな都市を復興させた広島長崎の市民たちだと感じました。 その感覚にグランディングできていたので、映画は客観的に、淡々と、誰に心を寄せることもなく鑑賞できました。考えてみれば、日本人の私にとっての「広島長崎の悲劇」は子供のころから、写真やドラマ、日本映画で知り、学んだテーマです。悲惨な遺体や後遺症など、繰り返し観ては、何度も「繰り返してはいけない」と強く思いましたし、「こんな悲惨な目にはあいたくない。怖い」と子供のころは原爆の作品はトラウマになる本能的な怖さも感じました。でも同時に、その悲劇のなかでも輝いた家族愛、同胞愛に心から感動しました。 しかし、この「オッペンハイマー」は、そのアプローチとは全く違う視点から、原爆を作り出した科学者、権力をもった政治家の愚かしさを描いています。そう「人間の愚かしさ」は、昔から私が観ていた原爆映画では伝えられない視点であり、このような多角的に核兵器のことを考えられる映画は、核兵器の脅威が続くいまに必要だと思います。 「核兵器の脅威のなかで生きている現実」を感じられるラストシーンは、アカデミー作品賞に相応しい映画の品格を、私は感じました。それぞれが感じたことが、平和な明日の一つの種となりますように。 追記:作品に何度か登場するアインシュタインの座右の銘はブラヴァツキー夫人の「シークレットドクトリン」でした。そして、アリスベイリーの無二の友人はルーズベルト大統領夫人でした。秘教徒のエナジーをアインシュタインの在り方に感じるシーンは、この作品で唯一「ウキ」とハートが喜んだ場面でした。
- 2024.Easter~アクエリアス時代のキリスト
今日はイースターサンデーの番外編!牡羊座の満月があった週末の日曜日が、復活祭。キリスト教徒のお祭りですが、秘教徒にとってのイースターは、仏陀の満月(ウエサク祭)、キリストの満月(奉仕者の祝祭/大祈願の日)と続き、最近は8月の獅子座の満月(シリウスの祝祭)につながるロングロング「Spiritual Festivals」の始まりです。これに秋分や冬至も入るので、年中祈っている感じがする私ですが…。 ともかくイースターとは、「磔刑で死んだイエスキリストが年に一度は復活する日」としてキリスト教徒には認知されていますが、一般的には「生命力の回復、春の始まり」の行事として理解されています。 では、秘教徒にとっての復活祭とは?…私には多少「やれやれ、またスピリチャルフェスが今年も始まるよ」…という合図の日であることは、あまり言ってはならない(笑) 秘教徒にとってのイースターは「死というものはない」という真理を思い出す日です。生命は自然界の基調であり、肉体に閉じ込められた原理です。私たちは生命を超えた存在であることを思いだす…そんな機会が年に一回あります。 イエスキリストは死んではいない…という真理を、秘教徒は自明の理としています。 国家の運命 第8章:キリストと来るべき新時代 p.200-206 *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 キリスト誕生のメッセージは常に新鮮に鳴り響くが、今日、それは理解されていない。 私たちがまもなく迎える時代、アクエリアスの時代における強調は、ベツレヘムからエルサレムへと、幼き救い主から復活したキリストへと移るであろう。 パイシス時代において、過去二千年間、光が拡がるのが見られた。アクエリアス時代においては光が上昇するのが見られるであろう。キリストはこの両方の永遠なるシンボルである。 パイシス時代の水は、象徴的に言って、水瓶座(アクエリアス)の特徴を示す象徴である、水瓶座の肩に担がれている水瓶に吸収されるであろう。なぜなら水瓶座は、生命の水(より豊かな生命)を人々にもたらす「水の運び手」だからである。 アクエリアス時代においては、復活したキリスト自身が「水の運び手」である。 彼が今回、かつての彼の主な使命であった神の子の完成された生涯を、手本として示すことはないであろう。彼は霊的ハイラーキーの至高なる長として姿を現わし、真理、正しい人間関係、愛ある理解を渇望する国々の必要を、満たすであろう。彼は今回、すべての人々に認知され、身をもって復活の事実を立証し、魂の(霊的人間の)不死性の事実も合わせて実証するであろう。 過去2千年間、死が強調されてきた。死が伝統的な教会のすべての教えを色づけてきた。一年のうち一日だけが復活という考えに捧げられてきた。アクエリアス時代における強調は生命、そして物質という墓場からの自由であろう。これは、この新しい世界宗教を、これまでのすべての宗教と異なるものにする基調になるであろう。
- 闇の兄弟~闇から自分を守る
前回のシェアにはサラリと怖いが的確な予言が書かれていました…「現在の闘争と来たるべき世紀でのもっと大きな闘争」現在の闘争は20世紀の世界大戦のこと(本が書かれた当時)、来るべき世紀とは現代のこと。 闇の兄弟たちが活きる次元は低位メンタル界ですが、この次元は人類によって非常に活性化されている次元です。良くも悪くも「考えすぎ」な人類。そこに闇が付け入る隙があります。ギャンブルなどは、ある程度の思考力が必要な遊戯ですが、最近あったスキャンダルは闇の分かりやすい顛末かと思います。 しかし世界大戦よりも大きな闘争が、これからあるのか?でもホワイトロッジは、ブラックロッジ撃退に成功しつつあるはず…なので、もっと違うタイプの闇が生まれるのでしょうか? そこに回答はないし、「そもそも思考を向けないことが第一の安全策」なわけだから、探求はやめておくに限りますね。それよりも「闇はある」とシンプルに理解したうえで、リスクヘッジすることが最善…と前回書きました。自分を闇から守る方法の第一の方法は「純粋さ」です。 今日は残り4つを書き加えて、「秘教瞑想に関する手紙」を終了させます。2025年、私自身は闇の存在は感じますが、同じくらい光も感じています。あなたがその一つの光となりますように。そして「自分が光だ」と思えるくらい、この「闇から自分を守る方法」はシンプルです。 次回からは「光線とイニシエーション」この秘教本は超難解ですが、ジュワルクール大師/アリスベイリーの最後の協働作業ですから、未来に関する予言が興味深く見逃せません。 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.157-162 闇のブラザーフッド② *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 では、世界の場で働く人々を防護するために、どのような方法を用いることができるのであろう そして、現在の闘争と来たるべき世紀でのもっと大きな闘争において、彼らの安全を確かなものにするために何ができるのであろうか。 すべての諸体の純粋さが第一に必要であるという認識。(前回書いたので以下省略) すべての恐怖心の除去。進化のフォースは退化のフォースよりも速く振動している。この事実に一つの防衛手段を認めることができる。恐怖心が虚弱状態を引き起こし、虚弱状態が崩壊を引き起こす。つまり、弱いところが裂けて、亀裂が生じ、その亀裂から悪のフォースが侵入するのである。侵入の要因は人間自身が抱く恐怖心であり、人間が扉を開けてしまうのである。 何が起ころうとも、しっかりと揺るがずにいること。あなた方の足が地上の泥に浸されていても、頭は高位領域の日光を浴びることができる。地上の汚れを認識することは汚れていることを意味しない。 常識の効能を評価し、この常識を当面の問題に適用すること。睡眠を十分にとり、睡眠中に肉体を能動的に保つようにしなさい。そして、情緒界を多忙に保ち、内的な平静を達成しなさい。 肉体を疲れ果てさせるようなことはせずに、できるだけいつでも楽にしておきなさい。リラックスすることで調整され、それにより後の緊張が未然に防がれるのである。
- 2025年にむけて~テレパシー実験が始まります
まだ詳しくは書けないのですが、2025年にむけて世界中の秘教徒が参加するテレパシー実験が、2024年ウエサク祭から8月の満月まで続きます。 「2025年」の意味を深く理解して迎えることに、人生をかけている人たちが、世界中にいる。 この現実は、私の魂の喜びです。 2025年を迎えるために、この時代に生まれてきたと感じます。 同じように喜びに感じる人に、このニュースが届きますように🌸
- 東洋と西洋~地球仕様の瞑想法
マインドフルネス瞑想やTM瞑想、私が伝えているエナジーワークも西洋からもたらされた瞑想法ですが、その源流はやはり仏教、つまり東洋にあります。 しかし、仏教の瞑想法のままだと伝わらない、広まらないところを、ティックナットハン導師や多くの瞑想家が、「わかりやすく、シンプル」な瞑想法にして西洋に伝えました。そこから、再び日本を始めとした東洋に逆輸入されている…という状況です。 数週間前に誘導瞑想のファシリテーターの資格を取りましたが、とてもいい学びができました。何が素晴らしいかというと、米国人講師のプレゼンです。とても理知的で、論理的。納得できるデータなども揃えており説得力もあり、ポジティブで勇気とヤル気を引き出す講師の在り方に惚れ惚れしました。(前回の投稿のおさらいになりますが)、メンタル体が発達しているハートが開いている西洋アプローチなら、瞑想する人も増えるだろうな…と思うのです。 いまの瞑想は「東洋西洋」もなく、地球を一周して混ぜ合わせれ「地球仕様」になった…と思います。「秩序」の第7光線が、瞑想を宗教から切り離したのでしょう。これがワンセットだと、人間進化に欠かせない瞑想は、なかなか広まりません。第7光線の主、グッドジョブ! え?グッドジョブ?かなりの上から目線なんだけど…(;'∀') 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.132-136 民族に備わる遺伝と肉体のタイプに基づく危険② *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 真のオカルト的な実践を始めるとき、西洋と東洋ではその方法は異なるが、その目標は同じであることが分かるであろう。例えば、東洋人の発達を助ける瞑想が、西洋人には危険で不幸な結果を招く場合もあることを覚えておかねばならない。 その反対の場合も同様である。しかし、目標は常に同じである。 賢明にもしばしば指摘されてきたことであるが、東洋人に適した規定に基づいて西洋人が努力したときは危険が生じる。しかし、偉大な方々の知恵により、この危険は相殺されつつある。 様々な人種に適した様々な方法、様々な国民に適した様々な瞑想形態があるが、内界には同じように賢明な導き手がおり、同じ偉大な知恵の殿堂、同じイニシエーションの門があり、すべての人が内的な聖所に入ることが許されるのである。 このテーマの締め括りとして、ヒントを一つ与えたい。儀式的法則と秩序の第七光線(今、パワー を発揮しつつある光線)が、長い間東洋人の特権であったものを西洋人に提供している。機会は重大であり、この第七のフォースの席巻が――もし正しく把握されるならば、西洋に住む人々を世界の主の足下へと駆り立てる必要な推進力になる。
- 闇の兄弟~リスクヘッジする
今日から二回の「闇のブラザーフッド」をお届けして、秘教瞑想に関する手紙が終了します。以前の投稿でシェアした「闇」に関するおさらいは、何度繰り返しても十分すぎないと思うので、しつこいですが… 闇の兄弟たち――この源からの危険は、一般の学ぶ人々にとって恐れる必要のないものであることを強調したい。このような存在の注目を引きつけるのは、弟子道に近づき、ホワイトブラザーフッドの道具として同胞から抜きん出たときだけである。 闇に狙われている…と思うのは、おそらく妄想でしょう。とはいえ、「闇」はあると知っておくことは有益です。そちらに向かわないようにするためには…が、今回のテーマです。闇のエネルギーが流入しないためには「瞑想への専心」と、「生活の純粋さ」が大切です。 そう思うと、やはり「闇は私には関係ない」と思うよりも、「進化の先のリスクヘッジのために、いまから整えよう」というのが、正しい在り方なのかもしれません。闇のブラザーにはなりたくないですからね。 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.157-162 闇のブラザーフッド① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 では、世界の場で働く人々を防護するために、どのような方法を用いることができるのであろうか。そして、現在の闘争と来たるべき世紀でのもっと大きな闘争において、彼らの安全を確かなものにするために何ができるのであろうか。 1.すべての諸体の純粋さが第一に必要であるという認識。 もし闇の兄弟が誰かを支配するならば、 それは、その生涯においてその人に弱点があることを示しているに過ぎない。侵入を引き起こす扉はその人自身が開け、有害なフォースが流れ入るための隙間は自分自身が開いている。 そのため、肉体を細心の注意をもって清潔にし、高潔でしっかりとした感情で情緒体を満たし、 メンタル体の思考を純粋なものにすることが必要である。そうしたとき、低位諸体は統合され、内在の思考者自身がどのような侵入も許さないであろう。
- 東洋と西洋~日本列島とチャクラ
先週は春の旅、東京から長崎へ新幹線で向かいました。帰り道は博多、岡山、大阪、京都…と各駅停車。土地の方と語らい、土地のものを食べて、寝て。電車の旅はいいですね。車窓から日本列島を感じることができたら、日本が人体と同じようにチャクラがあるのでは?と想像しました。あくまでも、私の見立てですが、みなさんの探求の種になれば… 九州/沖縄 ルートチャクラ 地球大地とのつながり 四国/中国 仙骨チャクラ 生命がうまれ、育まれる 近畿/東海 太陽叢チャクラ 欲求からの活気が生まれる 北陸/甲信 ハートチャクラ やさしさとおもいやり 関東 のどチャクラ 情報発信 東北 アジュナチャクラ 知恵がある 北海道 頭頂部センター 神が宿る ざっくりと区分でわけましたが、都市それぞれで観ると、また違うなーと思うこともあります。でもそれぞれの都市の光線を考えると、役割がわかり、主要なチャクラもわかってくるはずです。 地球には人体と同じようにフォースセンターがあることはDK大師によって語られています。東京は地球の五大フォースセンターの一つですが、地球の太陽叢を担っています。それについて、世界全体からみれば「納得」なのですが、日本の都市の一つとしてみると「え?太陽叢かな」と思ったり。 正解はわからないので、終わりなき探求ですが、見立てるのが楽しいですね。 今回のシェアは「東洋と西洋」アジアのフォースセンターである東京として、日本人として、東洋人として「ここに生まれた者として、どうありたいか」の参考にしてください。西洋と東洋、陰陽があるように、特徴の違いには、地球の進化にとって欠かすことのできない「美しい役割」があると感じます。 春の国内旅行、ほんといいですね。春を追いかけて、日本を、東洋を探求ください🌸 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.132-136 民族に備わる遺伝と肉体のタイプに基づく危険① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 私が今教えを与えようとしている問題は、今日の熱心な人すべてに重要なものである。 東洋は進化する人類にとって、人間の肉体の心臓のようなものであり、光と生命と熱と活力の源である。西洋は人類にとって、肉体にとっての脳、もしくは知的活動のようなものである。つまり方向づけ組織化する要素、低位マインドの道具、事実を蓄積するものである。 東洋人は哲学的で、生まれつき非現実的で、数世紀にもわたって抽象的な観点から考えるよう訓練され、難解な弁証法を好み、気質的には不活発であり、風土的におっとりとしている。形而上学的な思考、菜食主義、風土的な不活発、形式や厳密な生活規範の堅苦しい固守、これらが長年にわたって行われてきたため、西洋人とは正反対の結果を生じさせた。 西洋人は実際的で、事務的で、ダイナミックで、行動が素早く、組織(それは全くをもって儀式の別の形でしかない)の奴隷であり、まさに具体マインドに動かされ、貪欲で、批判的で、状況が急変して即座の知的決断が求められるときには最良の能力を発揮する。西洋人は抽象的な思考を嫌うが、 それを理解し、それらの思想を物質界での事実にできたときには評価する。そして、ハートセンターよりもヘッドセンターを使用し、喉センターは活性化されやすい。 一方、東洋人はヘッドよりもハートを、そして対応する頭部内のいくつかのセンターを必然的に使用する。そして、頭蓋骨の底辺で背骨の先端にあるセンターが喉センターよりも活発に機能している。 東洋人は熱心な瞑想によって意識の中心をヘッドに撤退させることで前進する。それが修得すべきセンターであり、彼はマトラムの賢明な活用、隠遁生活への引きこもり、孤立、長期にわたる長時間の特殊な瞑想形態を注意深く実行することによって学ぶ。 西洋人はまずハートへの意識の撤退を目指すべきである。なぜなら、ヘッドセンターに関して、すでに多くのことを成し遂げているからである。西洋人は個人的なマントラムではなく、集団形式を活用することで多くの成果を挙げる。西洋人は東洋人ほど孤立して瞑想することはなく、ビジネス生活の騒音と渦の中で、そして大都市の雑踏でさえ自らの意識の中心を見出さなければならない。 自らの目標達成のために集団での瞑想形態を利用、ハートの目覚めは奉仕で示される。 そのため、西洋ではハートの瞑想と、その結果としての奉仕生活が強調されるのである。
- 2024年春分~闇から光へ
偶然にも、春分の日のシェアに相応しい文章が、巡ってきました。春の日おめでとうございます。冬至で闇から光を微かに希望のように感じ、春になれば光そのものに満ち溢れる…。森羅万象に身を任せていれば、周期性の法則のもとで、春は、朝は、希望は、必ず巡ってきますが、弟子道を生きる者は「自ら光になる」ために、森羅万象に完全に身をゆだねることなく、日々自分と向き合う道を歩まねばなりません。 なぜなら、悪も闇も、その源は「宇宙」そのものに備わっているから。自分の神聖さ、光が常に春の光のように輝けたら…と。 今日シェアする文章は、本が書かれた世界大戦当時の、闇のブラザーフッドの状況です。彼らは、いまどうしているのでしょうか。「過去の情報」として忘れていい情報なのか、いまも活きてる情報なのか。ポイントは彼らが活性化される次元はメンタル界であり、現代人の意識はメンタル次元に開き始めていると考えられます。 今日シェアする文章は「護符」として、私は時にふれて読み返します。闇は、自分が成長すればするほど、陥りやすい罠です。春分の日に、読み返し、みなさまと分かち合えることを嬉しく思います。 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.154-157 闇の兄弟たちから生じる危険 *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 闇の兄弟たち――この源からの危険は、一般の学ぶ人々にとって恐れる必要のないものであることを強調したい。このような存在の注目を引きつけるのは、弟子道に近づき、ホワイトブラザーフッドの道具として同胞から抜きん出たときだけである。その弟子に対するいくつかの攻撃方法を簡単に指摘しよう。(注:この投稿では大幅に省略して、対処方法をシェアします。2025年を乗り越えるために、自分の魂とつながるために何度も読み返す文章です) 闇は何も隠すことができないこと、闇は意識の安定した中心に触れることはできないこと、内なる神は存在し続けることーを思い出すべきである。そして、終わるまで屈せずに耐えるべきである。 ―何が終わるまでであろうか。雲による覆い包みの終わり、雲が日光に溶け込むまでである。どのようなときであれ何も内的な意識に影響を与え、傷つけることはできないと認識して、そのような時期をやり過ごし、日光のもとに出るべきである。 外で何が起こっていようとも、内には神がいる。 私たちはー物質的、情緒的、メンタル的のいずれであれー周囲の状況を見ることで、ハートの奥深い中心に、宇宙ロゴスとの接点が秘められていることを忘れがちになる。 最後に、メンタル的な闇で弟子を覆い包むという方法を取り上げる。この闇は知的なものであるため、貫き通すのがさらに困難である。なぜなら、冷静な論理力によ って大体の苦しみを払うことができるのに対して、この場合は、魂のパワーを呼び入れなければならないからである。 この特殊なケースにおいて弟子は、雲を追い散らすために自らの魂つまり高位我に呼びかけようとするだけではなく、自らの教師、自らの大師に、彼らが提供できる援助を求めたほうが賢明であろう。 みなさまが自分自身の魂、内なる神と出会う春分でありますように。
- 瞑想の実践に奉仕が強調される理由
瞑想と奉仕がワンセット。「協調」すべき理由は、自分を闇から守るため。それは裏返せば人間進化の到達点なのでしょう。ある意味「霊的人間」まであと一歩!と励まされていると感じます。 瞑想を提供する者であれば、知っておきたい知識です。 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.132-136 民族に備わる遺伝と肉体のタイプに基づく危険① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 アトランティス時代において瞑想は情緒の過剰刺激を起こしがちであった。 偉大な高みに触れたが、偉大な深みにも触れることにもなったのである。性的な魔術が信じられないほど蔓延し、太陽叢が過剰に活性化され、三角形を正確に辿ることなく、低位のセンターが火の反応を受けて、悲惨な結果を招いた。 今日の危険はこれとは違うものである。 マインドの発達が利己主義、高慢、高位我の完全な忘却といった危険をもたらしている。これらを相殺することが現在の瞑想方法の目標である。 もし闇の道のアデプトたちがアトランティス時代に強力な能力に達成したならば、彼らは現在さらに危険な存在になっているはずである。彼らはさらに広範囲を支配しており、そのため奉仕が強調されているのであり、進歩して光のブラザーフッドのメンバーになるよう努めている人間にとっての必須条件としてマインドの安定が強調されているのである。
- 日本にもできる秘教学校
今日はとってもスペシャルなシェアが二つ。 ①秘教学校(オカルト学校)ができる条件:国民全体の波動、そして教育事業がある水準に達したとき ②日本にも設立される。 2025年の日本に秘教学校が存在するのか?を私は知らない。仮に秘教学校があっても、その学校が「秘教学校」ですーと名乗るとも思えないから、なかなか分かりにくいのだろうとは思う。しかし、それでも「あるのか、ないのか」と聞かれたら、「ないと思う」と答えたい。その理由が①の学校ができる条件である「国民全体の波動と教育事業」が水準を満たしていないのではーと思うから。 水準に満たされるよう、自分にできることを粛々とやっていくしかないけれど、予言されていることは日本人として励みになりますね。一つ一つ小石を積み上げていきたいです。 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.338-343 一なる学校の国々における支部 *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 世界のすべての国にオカルト学校ができるわけではないことを指摘したい。 国民全体のグループのコーザル体がある波動率に到達したときに初めて、このような学校の設立が可能になる。国家の教育事業がある水準に達したときに初めて、将来における拡大の踏み石としてその国家のメンタル装備を活用し、それをオカルト学校の基礎として活用することが可能になる。 そして不思議なことに、秘儀のための訓練学校がもともとあった国々にだけ(例外が三国)、初期段階において国家的な学校の設立が再び可能になるであろう。この例外とは―イギリス、カナダとアメリカ、オーストラリア。 また、第四根本人種の進歩した魂たちのための予備学校も計画されている。この学校はその人種のマヌのもとで日本に設立され、そのかなり秘教的な支部が中国西部に設立されるであろう。これは、 概説してきた学校のグループの七番目のものになる。
- 来るべき瞑想学校
「秘教瞑想に関する手紙」では新しい時代の瞑想学校の啓示も書かれています。この短い文章のなかにも、たくさんの情報があります。瞑想学校の設立を考えている人、もしくは学ぶために瞑想学校を選択中の方のお役にたちますように。 家族の履歴(肉体が持っている情報はあなどれない、無視できない) 最初は肉体の科学的な浄化から(イメージとしては食養生、サウナもいいかも) リトリート(隠遁所)の考え方ー必ずしも人里離れている必要はない。 大切なのは参加者の態度、内的な無執着(人里離れても、意識が都会とつながっているなら、人里離れても意味はない。都会にありながらも、人里離れた場所に住んでいるようにふるまえるのが大切) 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.63-68 弟子たちに関係する4つのグループ① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 家族グループは考察すべき第二に重要なものである。 この問題は、あなた方がおそらく考えているよりも遙かに重要である。 来たるべき瞑想学校において、生徒の祖先、家系、思春期、それまでの人生の過ごし方、病歴などの記録が保存されるであろう。この記録を詳細に正確なものにすることで、多くのことが分かるであろう。 生活は規則正しいものにされ、肉体の科学的な浄化が最初に試みられることの一つになるであろう。 ついでながら、このような学校が人里離れた場所に設立されると思い描かないようにしてほしい。「世にあって世に属していない」という態度が理想である。 進歩した段階の、もしくはイニシエーションを受ける直前の弟子だけがある期間の隠遁を許されるであろう。重要なのは内的な無執着であり、環境から自身を引き離す能力である。物質界での隔絶はそれほど重要ではない。




