アリスベイリーの秘教学
ジュワルクール大師による不朽の叡智
「2025年研究会」
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- 法則を理解して応用できる人
アクエリアス時代をつくる第7光線が流入している。この第7光線の「整えたい」エネルギーと、第6光線の「私を差し出す」エネルギーが対立している。シンプルにいえば自立的なエネルギーと依存的なエネルギーの対立かもしれない。 第6光線が、第7光線に抵抗する…というのは、わかる気がする。第6光線には第6光線の理想があり、理想への固執が、「あらたな世界を秩序だてよう」とする第7光線と対立する。ロシアの魂光線は第7光線。ウクライナの献身性、その多大な自己犠牲が報われてほしいと願うばかりだけれども。(ウクライナの光線の詳細は知らないけれど、起きていることをみれば応用できる) 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.58-61 現代の当面の必要と人間の有益性③ *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 2025年研究会資料8 ちょうど今、時代が非常に必要としているのは、法則を理解し応用できる人々である。 今は、 世界の救済においてその原理を展開し、人々を訓練する機会でもある。 調和の従属光線(第4光線)と科学の従属光線(第五光線)は、 この第七光線の影響力に即座に反応する。 つまり、その光線の主が、この方向での影響を容易に受けることを意味している。 しかし献身の第六光線の主は、 総合の段階に近づくまでこれに協調するのが困難である。 第一光線と第二光線の主は、この光線を表現の場にする。 第一光線の主は、この光線と直接関係しており、力を通して法則を行使しようと努める。 一方、総合的なタイプである第二光線の主は愛を通して導き統治しようとする。
- 原爆/原発…2023年アカデミー賞
3.11は純粋に津波や震災でなくなった方を慰霊したいので、この記事は2日後に投稿する。2023年の3月11日の月曜日、リアルタイムで「3.11と映画とのシンクロ」が起きた。 今年の米国アカデミー賞の受賞発表は(日本時間で)3.11だった。作品賞は「オッペンハイマー」、そして日本映画の「ゴジラ」と「君たちはどう生きるか」も受賞、同じく日本映画の「perfect days」を退けた外国映画では「関心領域」が受賞した。どれもが「第二次世界大戦」に関係する映画だ。 終らないウクライナ戦争、ガザ地区の戦争…核兵器の脅威は去っていない世界で、思考者たちには「どうしたら?」という問いがあるのだろう。アカデミー賞の結果に、集合意識的な「戦争への危機感」があると感じた。 「オッペンハイマー」は多くの賞を受賞したが、受賞スピーチで「平和」について触れたのは主演男優賞のキリアン・マーフィーだけなのは寂しかったが、それでも彼が(アイルランド人だから?)勇気をもって核保有国のアメリカでスピーチしたことは嬉しかった。「私たちは原爆を作った男の映画を作り、良くも悪くも、皆オッペンハイマーの世界に生きています。なので、世界中で平和のために活動している人たちに、この賞を捧げたいと思います」*最後に追記 そして受賞後インタビューでのゴジラの山崎監督の言葉(一人の映画ファンとして感動で泣けた受賞だった) 「ゴジラというのは、戦争の象徴であったり、核兵器の象徴であるゴジラをなんとか鎮めるという話だと思うんですけど、その“鎮める”という感覚を、世界がいま欲しているんではないかなと。それが『ゴジラ』のヒットの一部につながっているんではないかなというふうに思います。それとは別に、『オッペンハイマー』に対するアンサーの映画は、僕の個人的な思いとしてはいつか、ほんとにアンサーの映画を、日本人としては作らなきゃいけないんじゃないかなというふうに感じています」 意識が正しい方向へ向いている人もいる…と安心する。それであれば、いつか「原爆/原発」への人類としての答えを見いだせるだろう。大きな悲劇が起きる前に、平和へと一歩前進してほしい。広島長崎の被爆者たちの「原爆は二度とつかってはならない」という叫びは、日本人として私も祈り、伝え続けたい。そして福島原発事故も終わってはいない。多くの避難民がいること、「原発の取り扱い方に、人類共通のコンセンサスがないこと」を、13年目の3.11でも、私は心に刻む。 そのうえで、なぜDK大師は原子力には未来の希望があると書いているのかーも探求を続けたい。 日本人の秘教徒として、一番葛藤する「原子力/原爆」というテーマ。2025年になるまえに、「オッペンハイマー」という映画が、その葛藤に終止符をうってくれるのだろうか? オッペンハイマーは「どんな偉大な光と力を、見たのだろうか?」 今日の引用は「秘教治療下巻・第六章/除去の術」p.147 死は人間にとってまさに、原子の解放のようなものである。 原子エネルギーの解放という偉大な科学的発見はこのことを実証してきた。 原子核は二つに分裂する(この言葉は科学的には不正確であるが)。 原子の人生経験での、この出来事は偉大な光と偉大な力を解放する。 アストラル界において「死」という現象は幾分似た影響をもたらし、 原子エネルギーの解放によって引き起こされる現象と非常に似ている。 追記:映画「オッペンハイマー」は、原爆をうみだした科学者オッペンハイマーの視点で、彼の人生を描いた映画のため、日本への原爆投下に寄り添うシーンがなく、日本での上映を引き受ける配給会社がみつからない状況でした。ノーラン監督がなぜそのように撮影したのか?希望も感じるインタビュー記事。ご興味があればどうぞ。
- 2011.3.11~13years after
13年前の痛みに立ち返る日。被災者の13年間に寄り添う日。 いまなお終わりが見えない原発事故に人間の限界を感じる日。 失われた肉体を離れた魂が、無事に帰還するようにと祈る日。 春を遠くに感じる日。 震災後のボランティアで出逢った被災者の方の在り方は「混乱」でもなく「簡素」だった。 今日は3.11を偲んで…「新しい時代の教育 P.147」より 今日、これまでに知られたどのような文明よりも 遙かに優れた文明へと向かう途上にあり、 人類がこれまでよりも遙かに幸せになることを保証し、 国家間の相違、階級差別がなくなり、 より充実したより豊かな生活を すべての人々に保証するような状況へと向かっているのである。 そのような状況が実際に存在するようになるのに、 何十年、何百年もかかることは明らかであろう。 しかし、もし人類が戦争から様々な教訓を学び、 あらゆる国の反動的で保守的な人々が 文明を間違った古い方向に逆行させるのを阻止することができるならば、 それにかかる時間は数世紀ではなく数十年になるであろう。 しかし、今すぐにでも始めることはできるのである。 簡素さが私たちの合言葉になるべきである。 なぜなら、簡素さこそが、私たちの古い物質中心的な生活様式を葬り去るからである。
- 周期の終わり~人類史上初
人類史上はじめてーという記述に驚く。第二次世界大戦の悲劇は、一つ一つのエピソードを思い出すたびに心が揺さぶられるが、人類史上初めての大混乱だったーという認識を持つことで、あの大戦の霊的な意味を考えたくなる。 ちょうど月末から原爆を生み出した科学者をテーマにした「オッペンハイマー」が上映される。原爆の存在ーその霊的な意味は「ハイラーキーの出現」にも書いてある。「霊的」という視点で原爆ーなぜ開発されたのかーを考え、論じることが出来る時代になりつつある。もちろん「二度とつかわない」という意思の下で。 今日から2冊目の「秘教瞑想に関する手紙」に移ります。瞑想情報も多い本ですが、「なぜこの時代に瞑想」を解説するために、「今と未来の時代」を紐解ける本でもあります。 引用元 秘教瞑想に関する手紙 Letters on Occult Meditation P.58-61 現代の当面の必要と人間の有益性① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 2025年研究会資料6 すべての周期が基本的に同じように重要なわけではない。 一つの周期において真に重要な時期は周期の終わりであり、そのとき重複と混合が起こる。 それは物質界において、ハイラーキーの三部門、世界教師、根本人種の長、文明つまりフォースの統治者――すべてにおける大革命、激烈な破壊的変化、根本的な大変動として現われる。一つの周期における混合点において合流が見られ、太陽系全体が混沌状態に陥ったかのように見える。 流入する波動が安定し、波動がすでに過ぎ去ってしまった周期の中間点には平穏と見かけ上の平衡の時期が現われる。 この半世紀よりもこのことを如実に示した時代は人類の歴史上これまでになかった。献身の第六光線が去り、儀式的法則の第七光線が流入している。
- ヨガの発達、人類の進化
様々なヨガには、人間発達におけるそれぞれの役割がある。「さまざま」と「それぞれ」なるほどー。現代は確かに多種多様なヨガが社会で提供されている。昔はインドでしか学べなかったヨガが、世界中どこでも学べて、さらに自分のお好みのヨガを探して学べるようになったことは、人類史上初めてーといってよい。それをDK大師は「機会の日」という。 ここでは、ハタヨガ、ラヤヨガ、バクティヨガ、ラージャヨガの4つのヨガが、人類の進化に貢献してきたと書かれている。 このように進化の順番を書かれると、評価判断のマインドが立ち上がるが、どのヨガも魂とパーソナリティを統合するには、人生のどこかで必要になってくるのだと、私は思う。私はすべて4つのヨガを経験して、今ではラージャヨガの部類を教える活動をしているけど、それでも日々身体を整えるためのハタヨガは、気持ちよくて大切な時間だと感じる。 追記:ラヤヨガは「チャクラヨガ」として一般的に知られています。 引用元 アリスベイリーの魂の光 The Light of the Soul P9-15 魂の光・アリスベイリーの序文~② *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 2025年研究会資料2 様々なヨガにはすべて、人間の発達におけるそれぞれの役割がある。 レムリア人種(最初の純粋に肉体的な人種)である幼児期にあった人類に課せられたヨガはハタ・ヨガつまり肉体のヨガであった。それは、様々な器官、筋肉、そして人体の様々な部分を意識的に活用し操作するヨガであった。 当時のアデプトたちの課題は、ほとんど動物と変わらない。様々な器官の目、意義、使用法を教え、彼らがそれらを意識的に統御できるよう、人体という象徴の意味を教えることであった。そのため、この初期の時代において、人間はハタヨガの実践を通してイニシエーションの門に到達したのである。 当時の人間が達成できた最高のイニシエーションは、パーソナリティーの変容の結果をもたらす第三イニシエーションであった。 アトランティス時代には、人の子らの進歩は二つのヨガを課すことを通して獲得された。最初にラヤヨガと呼ばれるヨガー人間のエーテル体とセンター(チャクラ)を安定させ、アストラル的なサイキック性質の発達を促す、センター(チャクラ)のヨガが課せられた。 後になって、情緒体つまりアストラル体の発達から生まれたバクティ・ヨガが、ラヤ・ヨガと合体し、アーリア根本人種にとって基礎になる刺激としての神秘主義と献身の土台が築かれた。当時の目標は第四イニシエーションであった。 そして今、アーリア人種において、メンタル体の征服とマインドの統御をラージャ・ヨガの実践を通して成し遂げること、そしてアデプトになるイニシエーションである第五イニシエーションが、進化を続ける人類の目標になっている。 このように、すべてのヨガにはそれぞれの役割があり、有益な目的に仕えてきたが、ハタ・ヨガの実践への回帰や、様々なタイプの瞑想実践や呼吸法によって特定のセンターを目覚めさせようとする訓練への回帰は、ある側面から見れば、退行と言える。 ラージャ・ヨガを実践し、魂に意識の中心を置いた人間に見られる方向づけられた統御という立場をとることで、他のヨガ形態が不必要になることが分かるであろう。より偉大なヨガは自動的に、実践としてではなく結果において、より低位のヨガを包含しているからである。 これらを研究すれば、機会の日が今始まったばかりであることが分かるであろう。
- はじめまして。
アリスベイリーの秘教本を朗読対話する読書サークルを2018年に立ち上げました。そして2025年を迎える前年、2024年に「2025年」にまつわる記述を、すべての秘教本からまとめた研究会を開催しています。 2024年の元旦におきた能登半島地震が私に与えた衝撃が動機付けになり、研究会でつかわれる資料を、こちらにも記録していこうと決めました。 何がおきても、起きなくても、2025年がやってくることは変わりない。それならば、秘教徒として、悔いのない一年をすごしたい。 そんな想いで始めましたが、能登半島で被災された方々、命を天に召した方々には、心からのお悔やみと哀悼の意をささげます。その犠牲が、それぞれの人生、転生で報われますように。 そしてシェアはできる限り簡潔に、シンプルに伝えるにとどめ、その理解と判断はみなさんに委ねます。アリスベイリー、秘教学、ジュワルクール大師…にひっかかるならば、みなさんの開かれた感性には洞察力があるでしょう。マインドの善き力を信じています。 最後になりますが、繰り返しお伝えしているように、「もっと読んでみたい」と思われたら、AABライブラリーから秘教本を、一冊、二冊とお手元に引き寄せてください。繰り返し読むこと、一人、二人と秘教仲間を周りにつくって対話することは、あなたの人生を必ず豊かにしてくれます。 それは体験した者だからこそ、確信をもって伝えたいです。 2025年研究会
- 思考を成長させる時代
2025年研究会、最初の資料はアリスベイリー自身が執筆した「魂の光」。この本はパタンジャリのラージャヨガ教典を、秘教徒としてのアリスが解説しています。「聖書」「バガヴァッド・ギータ」に続いて、現代の霊的成長の教典といわれる三冊のうちの一冊であるラージャヨガ教典。 その序文は「アリスベイリー」という一人の秘教徒によって「いまの時代」が明らかになり、「マインドを成長させる必要」が明らかになります。思考を成長させる時代にいるのだ…という理解をしたうえで、この世界の事象をみるように導かれた文章です。 SNSや自己啓発…みんなが言葉をつかい、思想を明らかにすることでメンタル体を鍛えている…と感じると、メンタル体による自己表現としての差別や批判中傷もまた、成長のための失敗と痛み…と思えて、私の心は落ち着きました。 初回だからこそ、同じ秘教徒であり、大先輩のアリスの声に耳を傾けてください。 引用元 アリスベイリーの魂の光 The Light of the Soul P9-15 魂の光・アリスベイリーの序文~① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方はAABライブラリーから購入下さい。 2025年研究会/資料1 ラージャヨガの科学、つまり「魂に関する王者の科学」は、解説者であるパタンジャリが記しているように、いずれは西洋で開花の頂点に達するであろう。それは、周期性の法則のもと、第五根本人種が必然的に科学の最高点を達成しなければならない事実によるものである。様々な人種の営みにおけるその最高点は、グループ目標の達成と物質界でのグループ意識の発達のためにマインドを正しく活用し、魂がマインドを用いることとして実証されるであろう。 マインドはこれまで物質的な目的のために利用される場合もあれば、神聖視される場合もあったが、ラージャ・ヨガの科学を通して、マインドは魂の道具であり、熱誠家の脳にイルミネーションをもたらし、魂の領域に関する知識を得るための手段であると、考えられるようになるであろう。 第五根本人種…アーリア人種 第五亜人種…アングロ・サクソン民族 第五原理…マナスつまりマインド 第五界層…メンタル界 第五光線…具体的知識
- オーラがある人が地上を歩く
美しいオーラを放ちながら、この世界を歩く人が増えていく。決して有名人=美しいオーラの人ではなく、持ち物やファッション、または顔の美しさによって「目を引く」ことでもない。むしろ地味でシンプルかもしれない。心を開いているので、どんな場所でも喜びに満ちていることができる。誰もが声をかけたくなるような。現代では大谷翔平選手が思い当たります。 Googleで「オーラがある人の条件」を検索したら、態度や在り方に反映されることは、一般社会でも認識できているのですね。 ポジティブ/失敗を恐れない向上心/チャレンジ精神を持っている 堂々としている/余裕がある 清潔感があり、誰にでも好印象な見た目を心掛けている 常に胸を張って姿勢が良い 自信に満ちあふれている 包容力があり、周囲に安心感を与えている 振る舞いが謙虚 細やかな気遣いが出来る イエスキリストや仏陀のような「特別な聖者」でなくても、愛と活動が一体化して、平穏であれば、おのずと光を発するようになるのが、これからの時代。 そのようなオーラに輝く人を見極める確かな目を持ちたいと、思うのでした。 今回で「魂の光」はいったん終了。次回からは「秘教瞑想に関する手紙」から。 引用元 アリスベイリーの魂の光 The Light of the Soul P9-15 魂の光・アリスベイリーの序文~⑤最終回 *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 2025年研究会資料5 霊的人間が知っているような意識的存在の状態が、物質界に転生している人間の認識状態にもなったとき、ゴールに到達する。そのときその人は肉体と同一化するときに肉体によって作られるものでも、この世の犠牲者でもなくなる。 彼は顔を輝かせて自在に歩み、出会う人々すべてに容貌から発する光を降り注ぐ。 欲求が肉を活動へと駆り立てることはなく、アストラル体が彼を支配し征服することはなくなる。 平静を得て、相反する対をなすもののバランスをとることで、一般の人々の生活の特徴である気分、 感情、渴望、欲求、情緒的反応からは自由になり、平安の点に達する。 プライドという悪魔、誤用されたメンタル性質の人格化、マインドの歪んだ知覚は克服され、三界からの解放が達成される。 魂の性質、神の子の愛の性質に生来備わっている特質と活動、そして愛と活動が結びついたときに現われる知恵が地上での生活の特徴になり、キリストが言ったように、「成し遂げられた」と言うことができるようになるのである。
- 2025年/各世紀の始まりの25年
各世紀の始まりの25年が第一光線の衝撃が強くなる…とある。人生を振り返って、確かに25年間、意思の力を発揮しようと頑張ってきた自分を思い知る。そして同時に、ここ数年「自分に意思があることは十分にわかったし、もう十分に発揮してきた。もういいかな移住先でのんびり読書したい…」と思っている理由が腑に落ちた。周囲には驚くだろうが、幼いころから20代半ばまで、私は意思が弱かった。自分が何をしたらいいのかーまったくわからない、周囲ばかり気にしている子供だった。 でもこの25年、確かに意志の力を鍛えるような事象が多かったし、自分の内にある第一光線のエネルギーを目覚めさせ、使ってきたように思う。 みなさんはどうですか?第一光線のエネルギーに反応してましたか?それとも翻弄されましたか?自分に第一光線(もしくは奇数光線)がなければ、プレッシャーがあって窮屈な25年だったかもしれませんね。 引用元 アリスベイリーの魂の光 The Light of the Soul P9-15 魂の光・アリスベイリーの序文~④ *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 2025年研究会資料4 この到来しつつある衝撃は(仏陀の時代と同じく) 第二光線の衝撃であり、例えばブラヴァツキーを生んだ衝撃であった第一光線の衝撃とは無関係である。 第一光線の衝撃は各世紀の最初の25年間に始まり、最後の25年間は物質界においてその最高点に達する。 ラージャ・ヨガと、この科学についての研究、そして人間の発達を促す規定への現在見られる関心の高まりは、第二光線の衝撃が強くなっている一般的な傾向を示すものである。この関心はますます高まるであろう。このようにして機会の日が到来するのである。 補足すると、魂の光が出版されたのは1927年。20世紀、最初の25年が終わるころに書いている。よって第一光線から、第二光線への移行をアリスは感じていたのだろう。 すべての学ぶ人々が手元に置くべき三冊の本がある。『バガヴァッド・ギータ』『新約聖書』そして『パタンジャリのラージャ・ヨガ経典』である。この三冊には魂とその開花の全体像が記されている。 パタンジャリのヨガ経典には、一般の善人、熱誠家、イニシエート、大師の段階を経て、キリストが現在到達している至高なる進化段階に至るまでの段階的な発達体系が順を追って展開されている。 愛弟子ヨハネは「私たちは御子に似た者となる。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るから」と言った。物質界に転生している人間への魂の啓示は、常に大きな変容を引き起こす。 キリスト自身は「わたしが行う業よりももっと大きな業を行うようになる」と言って、私たちに「力と栄光の王国」の約束を掲げた。それを実現するためには、私たちの熱誠と忍耐は強くなければならない。 その結果、私たちは十字架への茨の道を歩み、変容の山の頂きへと続く「丘へと登る」 道を辿ることができるようになるのである。 しかし、どうしたらこの大きな変化を引き起こすことができるのであろうか。どうしたら欲求と低位性質の犠牲者である人間が、この世と肉と悪魔に勝利できるのであろうか。 それは、転生している人間の肉体脳が真我つまり魂に気づいたときに起こる。 パウロの言葉は「自分の内にある愛、神聖さをちゃんとうけとめなさい。そうすれば、そこにキリストがみつかる」という励ましに思えます。またキリストの言葉は「いま地上でグループ意識に目覚めているのは私だけかもしれないが、いつかは多くの人が目覚め、私(キリスト)がしていることよりも、もっと素晴らしい活躍をする人達がいるだろう」ということ。 「いやいや、あなたの影響力を超える人はなかなかいないよ」と思いつつも、キリストと同じくらい素晴らしい人達がたくさんいれば、善意/善行が当たり前すぎて、みんなその「偉大さに気づかないだけなら、それはもったいな」と思う。人の善意/善行がキリストの時代よりも花開いていることを、「より大きな業をしている私たち」と人々が自分を承認すれば、魂の時代がやってきてることは、誰の目にも明らかになるのに…。
- 2025年までの流れ~東洋から西洋へ
今日は「2025年」というキーワードがずばり書かれている文章を、シンプルにシェアします。 今回で3回目となる「魂の光」アリスベイリーによる序文からの引用です。 あとはみなさんの洞察におまかせして。 引用元 アリスベイリーの魂の光 The Light of the Soul P9-15 魂の光・アリスベイリーの序文~③ *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 「2025年研究会」資料3 東洋は私たちのために様々な規定を太古から保存してきた。あちらこちらで東洋人たちは (数名の西洋のアデプトと共に)これらの規定に従い、この厳密な科学の訓練を実践してきた。 このようにして、秘密の教義、不朽の知恵の継続性は維持され、そうすることでこの惑星のハイラーキーの人員が集められてきた。仏陀の時代に、彼が発した刺激によってアルハットたちの数は非常に増加した。彼らは自ら課した努力によって解放を達成したのである。アーリア人種において、この時代が東洋にとっての頂点であった。 それ以降、霊的生命の潮流は着実に西洋へと流れていき、今、西洋において同じような頂点を迎えようとしている。それは1965年から2025年の間に最高潮に達するであろう。 この目標に向けて東洋と西洋のアデプトたちは一致団結して働いている。なぜなら、彼らは常に法則に従うからである。




