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  • 2024年ウエサク祭~Day2

    今日の内容は、通常の投稿、現在連載している「光線とイニシエーション」から引用しています。これはLucis Trust(秘教本部)が定めた2024年ウエサク祭のKeynote(基調/テーマ)と同調(シンクロ)するからです。 2024年ウエサク祭のKeynote Let the Group dedicate Itself anew to the Service of the Coming One and do all It can to prepare Human Minds and Hearts for that Event. We have no other Life Intention. このグループは心あらたに「来るべき者」への奉仕に身を捧げ、この出来事に人間のハートとマインドが適応できるよう、その準備に全力を尽くそう。これが私たち全ての「人生の意図」である。 ここにはポイントが3つあります。 ①「the coming one 来るべき者」の存在。 ② いま人類の装備(ハート&マインド)を引き上げる必要がある。 ③ 弟子たちは「準備」という新たな奉仕を開始する 本日のシェアは①「来るべき者」が何故現れる必要があるのか?その理由が書かれています。何回か伝えたように「来るべき者」は世界教師キリスト(マイトレーヤ、クリシュナ)ですが、彼らは私達人類を、地球を「問題から救うために」は到来しません。彼は「解決した平和な世に現れる」のですが、もっと詳しく言えば「第一イニシエーション」をある程度、人類が達成した時に到来すると書かれています。 第一イニシエーションとは、シンプルにいえば「霊的世界に意識を開くこと」その意識が開くこと、魂意識(グループ意識)への目覚めーです。 人類がある程度目覚めたら、「来るべき者」は現れるーのか?さてさて、どうでしょうか?人類はグループ意識に心が開いているでしょうか。私は開いているでしょうか?家族は?友人は? ウエサク祭はグループ意識を開くために、弟子たちが表に出て活動する時期です。自分がグループ意識や魂意識に開かれていること、身をもって表現/行動することで、第一イニシエーションを通過していることを表明することーお勧めしたいです。そうすることで、到来の準備が(すくなくとも自分のなかでは)整っていることが、祈願として「来るべき者」に伝わりますように。 光線とイニシエーション(下巻)p197-215 第二イニシエーション~ヨルダン川での洗礼・第六光線/理想と献身のエネルギー *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 第一と第二イニシエーションの間のイニシエーション過程は、多くの人にとって苦悩、困惑、問題の認識であり、「自分を浄化する」不断の努力を伴う最悪の時期である。 イニシエートの目標は「自分を浄化する」ことであり、情緒性質によって起こされる嵐、常にその中を歩き、転生生活のすべての周期を通して創造してきた晴雲と霧、これらをすべて一掃しなければならない。 そのようにすることで、自身にとってアストラル界はもはや存在せず、イニシートに残っているのはー熱誠、神の生命への反応、神の愛である善意が滞りなく流れる形態(身体)-だけであると。  より広い観点から言えば、今日間近に迫っている第一イニシエーション後、人類が直面するのは、世界の雰囲気を浄化するこの苦闘であろう。 そのため、なぜキリストがこの時期に到来しなければならないかがあなた方にも分かるであろう。 なぜなら、キリストは第一イニシエーションと第二イニシエーションのときに祭司を務める方だからであり、 ・人類がすでに第一イニシエーションを受けていることを示し、 ・行われた仕事を強固なものにし、 ・人類の情緒的なサイキック生活を再組織する仕事 …が行われる世界周期と時代を幕開けするのは、キリストの到来だからである。 この時代に善意のエネルギーが解放されることで、正しい人間関係が自動的にもたらされるであろう。

  • 2024年ウエサク祭~Day1

    牡牛座は「イルミネーション」仏陀の智慧の光が輝くのがウエサクの満月。 2024年は4月24日(水)午前8時49分 牡牛座5度でおきる2024年ウエサクの満月。サビアンシンボルは「開かれた墓の前に立つ未亡人」アリスベイリーとも懇意だったルディアは「腐敗」という言葉で、このサビアンを解説したそうだ。満月となった月がある牡牛座の反対側ー蠍座5度も厳しい状況を表すサビアンシンボルである。 いま世界は中東に意識をむけている。イランからイスラエルへの攻撃。地球では新たな火種が燃えている。 蠍座でこの満月を捉えると希望はないが、牡牛座のサビアンには希望はある。サビアンシンボルの「未亡人」はカルマ的な執着を表すが、未来への希望が胸にあれば、乗り越えていける…ただし「過去を捨てれば」である。 イスラエルは、中東は、過去を捨てられるのだろうか。 満月に重なって、同じ牡牛座22度~23度で木星と天王星のコンジャンクションがある。天王星は牡牛座でfallする(力を無くす)が、木星が天王星をfallさせることなく引っ張り上げ、天王星に「イニシエーションの新たな扉を開く」準備をさせるのだろうか。天王星は偉大な覚醒者であり、木星は「始動」させるアクティベイタ―である。 インドネシアの噴火。そして砂漠の国ドバイでは記録的な大雨。地球の天と地が動いている。 このトランジットは14年に1回起こるが、これらの天体が牡牛座で出会うことは非常にまれであり、前回は1941年、次回は2107年となる。人によっては一生に一度のイベントになるだろう。先日の「稀に見る千年に一度の皆既日食」に続いて、4月20日の木星ー天王星の重なり合い、そしてウエサクの満月。第7光線の天王星が男性性、第2光線の木星は女性性。まさに太陽と月の満月が「今(現代)」であれば、天王星と木星という聖惑星のコンジャンクションは「超古代」を思い出させる。 4月20日、この木星と天王星が正確に牡牛座22度で正確に統合する。サビアンシンボルは「荒波の上を飛ぶ一羽の白い鳩」直居先生はノアの箱舟をイメージして、「利他的に生きる人だけが進化する」と書き残し、超古代の希望というアストラル記録ではないかーと推測している。 未亡人とノアの箱舟。超古代のカルマ。 過去を捨てて、利他を生きて進化する。 2024年のウエサク祭は「2025年の進化に向けて、古代のカルマを清算する備えを始める」がテーマになる予感がする。 追記:木星と天王星のコンジャンクションは、ウエサクの満月をパワーアップさせる…と私は確信しています。背後にある牡牛座のエネルギー。牡牛座は宇宙では「イルミネーション」という智慧の光ですが、地上においては「天のエネルギーの速やかな物質化」です。まずは大地に影響が起きるかもしれない…と感じたけど、言葉に残すのをためらっていたら、(この記事は17日の真夜中に書いていました)、ちょうど四国で震度6の地震が起きたようです。何事も起きませんように。無事でありますように。

  • 2024年ウエサク祭~Day3

    Vulcan-ヴァルカンという惑星をご存じですか?正確にいうと惑星ではなく、星屑の集まりです。ウエサク祭は牡牛座の満月。牡牛座と親和性のあるヴァルカンに注目することで、このウエサク祭りが楽しみになりますように。新たな意識へ心が開くチャンスでありますように。 この2024年のウエサク祭は「ヴァルカン」に注目すべしーと、海外の秘教徒から聞いていました。今日はそのことを解説します。 ヴァルカンーギリシア神話では鍛冶屋の神様。神々の~鎖を打ち破る~役割があります。神々の鍛冶屋として、人類を「過去の行動パターン」から解放するために、意識の成長を促進、最終的には欲望からの離脱につなげます。 <ヴァルカンの大きな役割> 鍛冶屋として「戦争の道具を製造」していた経緯から、人類に「意志の不適切な使用」があれば、戦争によって「不適切」を明らかにしますが、善意が人類にあれば、人類を大計画につなげます。この真理はヴァルカンの「意志と力の第1光線」の現れです。「人類が霊的意思に目覚めるためのチャンスを創造する」のですが、第1光線は創造の前に「破壊」が先立つことを忘れてはいけません。 新しい時代ー価値観の移行期において、人類とシャンバラをつなぐエージェント(仲介者)であるヴァルカンは、いずれ役割を終えたとき(地上に魂の王国が実現したとき)、「死んだ惑星」になるといわれています。それは戦争の道具が必要なくなるから、鍛冶屋も廃業ということでしょう。 <ヴァルカンの小さな役割> 基本的にヴァルカンの影響(第一光線)の影響を活かせるのは、魂との整列を達成したイニシートだけです。よって一般的な占星術ではヴァルカンは取りあつかわれません。 ヴァルカンは牡牛座の秘教的な支配星であるため、エネルギーとして統御する人間の体の部位は顎、唇、首、喉、声です。 ここで大切なのは「ヴァルカンのハンドルをしっかりと握っているか」-つまり、言葉の無害性です。人を傷つける言葉を発さず、魂とマインドを整列させて語れる人は、ヴァルカンのハンドルが握れているイニシエートです。 「ヴァルカンのハンドルが握れない人」は、言いたいことを我慢するため、話すエネルギーが顕在化するまで抑圧され、葛藤となり、牡牛座の第4光線と同じ、停滞する重いエネルギーとなるでしょう。つまりヴァルカンの「霊的意志」に意識が開かれていないため、意志力が育つまでは、水星に支配を任せるのです。 <ヴァルカンの逆行> ヴァルカンは水星の軌道上にあるため、水星が逆行するときはヴァルカンも逆行し、言葉を解き放つ、手放す、しがらみを解くなど、解放の吉兆な時期となります。水星もヴァルカンも、何かしらのメッセンジャーです。ヴァルカンが逆行すると、日ごろは葛藤して言語化しにくい牡牛座の第4光線ではなく、ヴァルカンの第1光線のパワーが明らかになるでしょう。 ただし、魂とマインドが整列していない状態で、ヴァルカンの第一光線を使うのは危険です。言い過ぎたり、けんか腰になるかもしれません。その安全策のために、一般社会ではヴァルカンよりも「水星」に意識をむけさせ、その逆行を「忘れっぽさ」を促進することで、安全策を講じているのです。忘れっぽくなるほうが、不適切な意志力を使うよりも安全ですよね? <2024年ウエサク祭にむけて> ヴァルカンは一時的であれ、意識の解放を促し、高次元を垣間見たり、強烈な波動共鳴を味わうことを可能にします。このウエサク祭がヴァルカンの逆行と重なるのは、弟子にとって吉兆と言えるでしょう。 しかし先ほど書いたように、魂と体が整列していないと、そもそも水星の逆行が「意識の解放」を「忘れっぽさ」という形で促するために、整列していない意識を身体の外へと引っ張るため、「忘れっぽくなる」で済めばよいですが、意識が留守になった体に別のエネルギーが入り込む危険(憑依)を起こします。 ともかくグラウンディングと防御も、瞑想(祈願)と同じくらい大切。 そして利他心と共に「世界平和への願い」がマインドにあれば、ウエサク祭の祈願は意志の喚起を呼び起こし、ヴァルカンの霊的意思(第1光線)とつながり、シャンバラのエナジーも感じられるかもしれません。 もう、準備が整っているイニシエートは(日本はわかりませんが)世界にはいるのではーと思っています。誰か知る由もありませんが、シャンバラは直接人類に接触を始めているーことは、DK大師の言葉で残されています。

  • 第七光線の探求~イニシエーションが起きるとき

    あらためて、2024年の北米で起きた皆既日食がパワフルであったことを、私は自分の意識の変容で感じています。しかも、一週間たった今でも感じています。世界中の秘教徒も、「人生で最もパワフルだった」という人もいたり、「残りの人生を全うできるパワーをもらえた」という感想もありました。観測できないにも関わらず日本でも受け取っていたので、現地で観測していた人々にとっては忘れられない日となったのでしょう。 もちろん、人の意識状態のあるところによって、起きる変性の質は違うでしょう。でもきっと「進化」という点で共通していたらいいですね。 この皆既日食の新月は、牡牛座での天王星と木星のコンジャンクションも起きていたので、第七光線の活性化も感じる新月でした。そして、今日のシェアの文章を読んで、なるほど「肉体の脳でイニシエーションを感じる」とは、このような経験を言うのか…と、納得です。私には第七光線があるので、相性がいい潮流でした。 決してオカルト用語で「イニシエーション」であったとは言いませんが、この皆既日食が人類のブレークスルーであり、身体のみならず、カルマや過去生の癒し、そのチャンスであったのは、実体験とアメリカの秘教徒の感想から考えても確信がもてます。 みなさんには、何か変化を感じましたか?意識ではわからなくても、ゆっくりと浮上するかもしれません。ウエサク祭まで、どうぞエネルギーの内省を続けてみてください。 光線とイニシエーション(下巻1)P.188-197  「第一イニシエーション/ベツレヘムでの誕生」 第一イニシエーションーベツレヘムでの誕生・第七光線/秩序と儀式的魔術のエネルギー *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 一つの光線が到来するとき、イニシエーションの活動が強められる期間が訪れる。今日はこのような状況にある。人類に関する限り、主要な結果は非常に多くの熱誠家と志願者に対して第一イニシエーションの授与を可能にすることである。 人々は今日、大規模に大勢で誕生のイニシエーションを通過することができる。非常に多くの人が自分自身の内でのキリストの誕生を経験することができ、キリストの生命、キリストの性質、キリストの意識が彼らのものであることを認識できる。  光線のエネルギーによって遂行されるこれらの偉大なイニシエーションは、肉体脳において感知され、 イニシエートの目覚めつつある意識に記録されなければならない。これは、人類が地上に現われて以来初めて、集団でのイニシエーションが起こりえるこの驚くべき時期に事実にならなければならない。 この経験はオカルト用語で表現される必要はなく、大体の場合がそうなるであろう。このイニシエーションを受けたイニシエート個人は、自分自身、仲間、周囲の人々、日常の出来事に関するこれらの解釈への自らの姿勢に重大な変化が起こったことに気づくであろう。 これらは特に第一イニシエーションに伴う反応であり、生命への新しい方向づけと新しい思考の世界がイニシエートによって感知される。現代人、つまり世界の第一段階のイニシエートたちに関して、このことは大規模に等しく当てはまるであろう。 人々は、多くの生命にキリスト意識が出現した証拠を認知し、生活基準がキリストの教えに見られる真理にますます適合したものになるであろう。 大衆の中に発達しつつあるこのキリスト意識は、必然的に至るところの人々の日常生活に混乱を引き起こすであろう。 個人および第一イニシエーションに関しては、第七光線が常に活発であり、脳かマインド(しばしばその両方)が第七光線に統御されているため、イニシエーションを受けたという事実を意識的に感知することができる。人類に関して今日重要なのはこの事実である。

  • 第七光線の探求~光線の主

    今回からしばらく「第七光線」の探求が始まります。第七光線が、このアクエリアス時代を作る光線であることは、秘教学を学ぶ皆さんには「初歩的な情報」です。 この「第七光線」の特徴を知ることは、現代を理解する手がかりを得ること。そして今日のシェアにもあるように、「惑星ロゴスの目的(大目的)」の理解にもつながります。 光線には七種類あって、それぞれが「エネルギー生命」であり「エネルギーの主」として考えると、宇宙神話を聞いている感じがして、私はわくわくします!地球の主と、光線の主が協力しあうって、宇宙にも協働感覚があるんですね。 光線とイニシエーション(下巻1)P.188-197  「第一イニシエーション/ベツレヘムでの誕生」 第一イニシエーションーベツレヘムでの誕生・第七光線/秩序と儀式的魔術のエネルギー *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 世界史におけるこの特別な時期に、第七光線が力を増大させている。というのは、これまで長い間支配力を揮ってきた第六光線に代わって、新しく入来している光線だからである。 私たちが光線エネルギーについて語るとき、実際には、私たちが「光線の主」という名前を付けている偉大な生命の特質と、意志と目的の様相について考察している。 彼らは、惑星ロゴスの至高の目的を明確にして表現する上で、惑星ロゴスに協力している。 彼らが発する放射は周期的に客観化し、周期的に撤退させられる。それらが三界に放射されるとき、その衝撃を与えるエネルギーは、変化と混乱、進歩と開花を生み出す。それらは必要な新しい形態を創造し、当面の神聖な意図が表現されるときに用いられるものを活性化し特徴づけ、意識の特徴と受容性を強化する。

  • 聖なる好奇心

    海外の秘教リーダーたちの瞑想会が、ものすごいアップデートをしました。 シャンバラとの直接的なつながりです。どのように…は、ここでは語れませんが、なるほどキリストが第1と第2イニシエーションの司祭であることからも、納得のアップデートでした。 一般的に「シャンバラとのつながり」と聞いた人の心に起こるのは「恐怖心や畏敬」、またはシャンバラを知らないがゆえの「純粋な好奇心」でしょう。どれもがシャンバラとのつながりには不要ですし、危険な体験を引き起こします。 大切なのは「聖なる好奇心」だと思いました。これは私が作った言葉で、秘教学を学ぶ人を観察続けて、好奇心にも2通りあると気づいたのです。 まず「純粋な好奇心」は、自分のアイデンティティのために、自分の成長や知識の習得のために「知りたい」と思うパーソナリティの衝動です。これは悪いことではありません。その好奇心があって、はじめて自分を成長させる体験へとつながるのですが、秘教学の教え、特に「シャンバラとのつながり」で、純粋な好奇心は危険です。 なぜならシャンバラのパワーは「意思の力」であり、そのパワーを授かる者は他者への奉仕に使わねば、自分ひとりでは抱えきれません。使いきれないパワーは自分の体や心の負担になります。もし「自分のため」を生きている人が「圧倒的な力と責任をもって自分のためではなく、誰かのために生きねばならない」としたら、プレッシャーを感じませんか? ここは「よい悪い」ではなく、単なるエネルギーの法則です。エネルギーはありすぎると物質を壊します。なさすぎると物質は動きません。シャンバラのエネルギーは「ありすぎる」という状況を引き起こします。ハイラーキーであればブッディ意識ですから、愛たっぷりで、つながれば癒しも起きますが、シャンバラは違います。 続いて「聖なる好奇心」とは、「自分のためではなく、誰かを癒したり育てたり、人類を幸せに、地球を平和にするために知りたい」と願う魂の衝動です。この好奇心は包括的であり、魂自身の成長の願いであり、利他的な意志力も備わっています。(それも必要なくなると、魂は消滅して、ロゴスと一体化するのです) シャンバラとのつながりにおいて必要なのは、この「聖なる好奇心」。シャンバラの意思のパワーと、魂の意志のパワーが響きあって、責任と力が相乗効果の結果をもたらします。そのパワーは自分から地上へと流れ(意識が利他に開いているため、自分以外に流れる通路ができています)、地上での物質化にシャンバラのパワーは注がれるでしょう。 私はこの場面を思うたびに、「プロメテウスの火」を思い出します。神の火を盗んだ(シャンバラの意思を引き受けた)プロメテウスは、人類に火をもたらし、その後は毎日肝臓を破壊されては、生き返る不死の罰を受けますが、最終的にはヘラクレスに助けられます。この不死の罰は、「地上の人間の子を救うためには、何度も肉体を転生せねばならない神の子(魂)」の比喩だと私は感じます。そして、人類の偉大なパーソナリティであり魂へと成長したヘラクレスによって助けられるのも、「成長した魂が生まれることによって、老いた魂は転生から救われていく」…という、魂の法則に感じました。 ですから、シャンバラの火を受ける人は、プロメテウスのように罰を受けながらも、自分がする奉仕に後悔をしない、自分の盗んだ火種が、この先の希望につながる…と信じる覚悟が必要ですから、純粋な好奇心では引き受けられないことが分かるでしょう。 私はこの皆既日食で、少なくとも世界の奉仕者たちは「シャンバラの意思」を引き受けたと思います。それはまず、シャンバラのビジョンとして現れ、そのビジョンをうけとった弟子たちが、地上でのアイデアに落とし込んでいく…。 もちろん「私がビジョンを受け取りました」…はありません。でもこの世界に「新たな世界のためのビジョン」を受け取った弟子がいる…という確信はあります。主観的に感じていますが、皆既日食の翌朝、世界中の奉仕者たちの興奮と喜びに満ちたメール、投稿などで確信しました。そのビジョンは、いずれ現れるでしょう。ゆっくりと待ちたいと思います。 今日のシェアは、純粋な好奇心にある「受け身的な目的」、聖なる好奇心にある「意志力」。その違いを、識別のためにつかってください。 光線とイニシエーション(上巻)上巻p.96-121 規定3 *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 目的と意志の間には明確な違いがある。それはまさに微妙であるが、進歩したイニシエートには全く明確である。 そのため、私たちの惑星顕現と私たちの太陽表現の二重の性質がここにも現われている。シャンバラの大評議会のメンバーはこの違いを認識しているため、彼ら自身を二つのグループに分けている。そのグループは古代の用語では、目的の感知者と意志の管理者と呼ばれている。 意志は活動的である。目的は受け身であり、意志の活動の結果を待っている。 各々が弟子の道に沿って前進し、イニシエーションに必要な訓練を受けるにつれて、これらの真理は把握され、習得されるであろう。それらはまた、今世紀(二十世紀)後半か次世紀(二十一世紀)には、急速な発達を遂げる人類によっても習得され、現在のイニシエーションが最終的には大衆の過去の達成になることを実証するであろう。

  • 皆既日食は混乱を引き起こすのか?

    2024年の4月の新月は皆既日食。くわえて彗星も到来。そしてホロスコープで確認できるように惑星が水瓶座から牡牛座に集まり、特に日食時は魚座の火星/土星、そして牡羊座の金星/太陽/月/水星、牡牛座の木星の7天体の直列が肉眼で観測できます。(海王星と天王星も含まれますが、肉眼でみえません。そして日本では観測できません) 皆既日食は、珍しいことではありませんが、彗星や惑星が直列する皆既日食のため「1000年に一度」といわれます。 この日食は北米でしか観測できないため、日本では盛り上がっていませんが…台湾の大地震のみならず、珍しく米国東部で震度4の地震が4/5に発生したことで、海外の秘教徒、秘教占星学者が、この皆既日食の話題で盛り上がっています。そして緊急の瞑想会が今夜(日本の真夜中)にオンラインで開催されることになりました。ここで大切なのは、やはり瞑想です。しかし… 皆既日食の「プロパガンダ」と「スピリチャル利己主義」に踊らされるな。 実際に、この皆既日食は、彗星と惑星整列も伴うので、ものすごくパワフルです。 だから瞑想を推奨するけれども、発達段階によって瞑想のテーマは変わってくるでしょう。 ①体の不調を整えるために、リラックスした瞑想やヒーリング。 ②社会不安を煽るプロパガンダエネルギーではなく、ただ純粋に自分とつながる。 ③スピリチャル利己主義を煽るエネルギーではなく、魂意識(善)とつながる。 ④純粋な経路を提供できる奉仕者として、(善も悪もない)パワフルな宇宙エネルギーを、安心安全に地上に根付かせる。 秘教瞑想は最初の3つを網羅できる④に該当します。「高位は低位を内包できる」という知恵は、瞑想法でこそ理解できるものです。自分の成長段階に正直になることで、該当する瞑想法を習得することを心からお勧めしたいです。 私も4/7はアジアの合同瞑想会、そして8日夜はエナジーワークと秘教瞑想で、安心安全にエネルギーにつながり放射する瞑想の場を開催します。 古代の人は戦争を終わらせ、現代人は野球の試合開始時間を遅らせる。 まずは「日食の戦い」の説明をします。皆既日食には、天体の現象が人間に与える影響だけではなく、軍事的意義としての影響も歴史に残っています。 紀元前に起きた通称「日食の戦い―The Battle of the Eclipse」 紀元前 6 世紀初頭、アナトリア(現在のトルコ)でメディア人とリディア人の間で、土地の支配権を巡って戦われたが、皆既日食がもたらした突然の暗闇は、「神の兆候」と畏敬と恐怖を人々にもたらし、即時停戦につながり、メディア王の娘とリディアン王との結婚によって終結した。 自然現象が古代社会の意思決定プロセスに影響を示した実証として残っている。 History Unleashedからの引用です。 ~古代世界における天文学、文化、政治の相互関連性を根底的に評価し、自然の出来事への理解が人類の歴史の進路を形成する方法を、皆既日食は明らかにしてくれる。 「日食の戦い」は、地上波に影響を与える宇宙の力の証しであり、人類が常に宇宙と結びついてきた過去とあり方についての理解を豊かにする物語である~ This event underscores the interconnectedness of astronomy, culture, and politics in the ancient world, illustrating how an understanding of natural events could shape the course of human history. The Battle of the Eclipse is a testament to the power of the cosmos in influencing terrestrial affairs, a narrative that enriches our understanding of the past and the ways in which humanity has always been linked to the universe at large. 今週の皆既日食で、ウクライナとロシア、パレスチナとイスラエル、どちらかが「神への畏敬」から戦争を終結させる可能性はあるでしょうか。残念ながらゼロのはず。良くも悪くも、人間のマインド、知性は進化したのです。野球の試合開始時間が遅れたり、観測ツアーが盛況だったりするぐらいが、皆既日食がもたらす現代の影響です。私が神様なら「皆既日食の脅しは通用しなくなった」と残念に思うでしょう。 しかし、本当に皆既日食は「地球外で起きる珍しい現象/天体ショー」なのでしょうか。それだけの意義なのでしょうか。 私はここで秘教本の智慧を思い出します。「光線とイニシエーション」には、肉体での生活を終えたイニシートが、地球に流入する宇宙エネルギーを操作する役職につくものもいる…と書いています。ハイラーキーの大目的である「人間意識の拡大」のために、必要であればエネルギーを引き込み、必要でなければ引き入れない。その匙加減を操作する存在(肉体はない)が、この地球にはいるのです。 そこから先は、みなさんの洞察にお任せしますが、仮にエネルギーが流入するなら、それを善へと流入させる役割を担うのが奉仕者であり、先ほどの瞑想④が該当します。 皆既日食などに驚かなくなった人類に、ハイラーキーは、エネルギー操作するイニシートは、どう皆既日食に対応していくのか。 私は「皆既日食が、彗星が混乱を起こす」という、皆既日食プロパガンダは、秘教語でいう「イリュージョン」だと思います。しかし、同時に皆既日食や彗星が、全く何の影響も与えない…と考えるのも、的外れだと思います。宇宙からのエネルギーは、人体のみならず、マインドや感情に影響を与えることは確実であり、実感として受け入れている真実ではないでしょうか。 その間の「中庸」というmidwayに立ちながら、必要なことをどう伝えるのかーその工夫は、弟子としての責任であり奉仕だと感じるのです。 ここで、再び4/1にシェアした文章を、再度掲載します。明確に「彗星」とか「皆既日食」とは書いていませんが、みなさんの洞察にお任せします。 あなたが純粋な経路となる瞑想努力を続けてきたなら、この機会が奉仕の機会となりますように。 光線とイニシエーション(上巻) P.28-36 序説① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 したがって、私たちの惑星生命の完全に外側に起源がある降下するエネルギーのラインがある。このエネルギーの流入、周期の法則のもとでの必然的なその影響、物質界で引き起こされるその結果は、 人類がこの時期痛いほど気づいているすべての変化を生じさせてきた。そして、今もそうである。これは過去と未来を直接衝突させるが、このように言うことで、私は人類が把握できる最も深い秘教的な真理を述べた。 エネルギーは最も低い下降点にすでに到達しており、そのため、現在の機会の性質が変化しつつあることも付け加えたい。これらのエネルギーは今、転換点と呼んでもよい地点を通過し終え、上昇点に達している。それらは、下降するときには刺激を生み出し、上昇するときには変性と抽出を生み出す。一方の影響も、他方の影響と同じように変えがたいものである。上昇するエネルギーの必然性と、それらが引き起こす影響にこそ、将来の希望全体がかかっている。 したがって、エネルギーの下降が周期の法則のもと―いくつかの新しい「インスピレーション」、未来に向けてのいくつかの新しい「希望の種子」、さらに何人かの活動的な仲介者をもたらすということがあなた方にも明らかであろう。彼らは、準備、促進、来たるべき新時代のすべての企画、 こうした仕事に対する責任を担っており、これからも担うであろう。 追記:私の秘教占星学の先生であるPhillip先生の解説(一部のみ翻訳) 先生の洞察が正しいならば、日食が起こる牡羊座のエネルギーが、地球のエーテル&アストラル体に刻印を記すのでしょう。旧来の占星術で牡羊座を「火星」戦いの惑星とよむか、秘教的に「水星」弟子の惑星としてよむか。自分自身の意識があるところで、「顕教(一般)か、秘教か」を自らが選択して「エネルギーは思考(選択)にしたがう」とするのがよいでしょう。私自身は「水星・牡羊座」として「この世界に新しいアイデア、新しいインスピレーションを誕生させるために、宇宙エネルギーの流入ををサポートする」が、秘教徒としての新月のテーマであり、瞑想を通じて貢献できる奉仕に感じます。 また牡牛座にある木星と天王星のコンジャンクションも同時に刻印されるとしたら、変化のスピードは速まるかもしれません。牡牛座は「イルミネーション」です。今まで感じていた違和感に光が当たりますように。 平均して、毎年2回の月食と2回から5回の日食がある。日食は、おそらくもっと主観的で気づかれないような、深遠な影響を及ぼす。 日食は、それが起こる星座の質を増幅させ、惑星のエーテル体、あるいは地球のアストラル体に刻印を刻む。おそらくこれは、「アストラル的に二極化」している人類の大多数にとって、より適切なものだろう。このホロスコープの「スナップショット」はエーテルに刻印され、数週間後、数カ月後、あるいは数年後に惑星の通過によって活性化される可能性を秘めている。

  • 2024年4月皆既日食~シャンバラの時間

    今日は新月瞑想にあわせて、シャンバラへの扉を開く瞑想をしました。次の日食月食がいつであったとしても、この日食ほど善きタイミングはないーと感じたからです。 *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。

  • 理解しようという努力

    今日は内容そのもの…より、俯瞰的な2つの視点が大切です。 ①難しすぎる秘教学は「誰のために書かれた学問なのか」 それは本が出版された当時の人々のためではなく、「未来の人々のためである」と書かれています。でも、それって「いま/現代」では? ②「理解しようという努力が有益である」秘教初心者のみなさんに知ってほしい言葉。 難しすぎて秘教学を辞めてしまう方は多いです。10人いれば一年を超えるのは6人、2年を超えるのは4人。3年を超えるのは2人くらいでしょう。3年超えて「ようやくわかり始めた」という言葉がでる学問です。それまでは好奇心と誠実さが導いてくれるでしょうが、3年を超える先へと導くのは「理解しようという努力と、わかるまでの忍耐力」こそが、「自分の在り方を整える」という確信だと思います。だから秘教学は教えられるものではなく、体験するもの…とも言えるでしょう。 3年頑張ってくれたらいいのに…と思いながら、秘教学をやめていく人をたくさん見送ってきました。最初は心が痛んだのですが、最近は慣れてきたかな。でも慣れは、この役割を終える達成感にも思えます。 3年は、ぜひ続けてもらいたい「理解しようという努力」。そして秘教学を届ける人は「理解しようという努力」を感じたら、承認して、導いてあげてください。 最初の三段の文字が小さいのは、そこが「理解しようという努力」が必要な個所だからです。 光線とイニシエーション(上巻)引用2 上巻p44-71 規定1 *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 まず最初に、イニシエートになることを求める人の基本的な姿勢はどのようなものであるべきかに注目してほしい。それは、純粋理性に支配された目的を霊的な活動において成就しようという姿勢であるべきである。これは文章に書くのは容易であるが、あなた方に具体的に何を伝えているであろうか。 「高位の進化の道」は、さらに大いなる秘儀を目指す熱誠家の前に開けるが、最初はしばしば困惑し、 魂意識を目指すパーソナリティーの前進つまり進化と、それよりも前方にあり、純粋な意識の開花とは本質的に異なる進歩の性質との違いを、自分のマインドにおいて頻繁に問いただす。 第三イニシーションの後、イニシエートは意識には全く関わらず、自らの個人の意志と神聖な意志との融合に関与するようになるという事実を、あなた方は把握してきたであろうか。イニシエートはそのとき、接触の感受性を増大させることや周囲の状態に対する自らの意識的な反応には夢中にならずに、大計画への奉仕という科学の持つダイナミックなエネルギーにますます気づきつつある。この違いを認識できるようになるのは、パーソナリティーと魂の意志が融合され、その混ぜ合わされた表現が神の大目的—過去五十五年間そうであったように、時には遅れることはあっても、挫折することはありえない目的—の燃える光の中に補えたときだけである。 私がこれまでに述べてきたことの多くは、あなた方には無意味に思えるであろう。 なぜなら、魂とパーソナリティーの最終的な接触がまだ起こっておらず、三つの意志様相の顕現がまだ理解されていないからである。 しかし、以前にも述べたように、今転生に入りつつあり、今世紀末、二十世紀末に意識と奉仕を完全に開花させるであろう弟子とイニシエートたちのために、私はこれを書いている。 しかし、理解しようとあなた方が努力することは、たとえ脳がそれを感知しなくても有益であろう。 (これが書かれたのは1943年1月)、

  • 宇宙アバター彗星の到来

    秘教占星学のフィリップ先生が、ポンスブルックス彗星について書いていた。 2024年4月8日獅子座の新月-日食のパワーを増幅させる宇宙アバター、ポンスブルックス彗星が通り過ぎる。 「悪魔彗星」または「ドラゴンの母」と言われる彗星は、この太陽系に短く立ち寄って、地球に電気的な火花を与えている。彗星は4月と6月に最大接近する。 Blavatsky夫人の言葉「惑星はすべて、その起源は彗星と太陽である」 彗星は宇宙のアバター。地球に予期せぬエネルギーを与える存在。その影響はハイラーキーであれば、計算済みなのだろう。このウエサク祭の祈願は、略して「ポン彗星」にも意識をむけてみようかしら。 今日のシェアには「悪も善も喚起するのが宇宙アバター」と書いている。1930年~40年も彗星は到来していた。そしてDK大師は世界大戦当時、「平和のアバターは地球の上で舞っている」と書いてた。「彗星=アバター」と読み解いてみたら、とっても興味深いかもしれない。 光線とイニシエーション(上巻) P.28-36 序説② *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 これらの下降するエネルギーは また、妨害する勢力も喚起する。ここで、こうした妨害する悪の勢力には最高の霊的なレベルで遭遇するということを覚えておいてほしい。というのは、「彼が打ち鳴らす調子が、到来する前に聞かれ、そのエネルギーがそれ以前に広がる」 来たるべきアバターの推進する衝撃によって、彼らもまた喚起されるからである。これは大きな神秘であり、私たちの界層すべてが(まさに最高界層でさえ)、宇宙物質界の亜界であることを心に留めたときにのみ、(理論的にでしかないが)理解できることである。この事実を多少なりとも把握したとき、考え方は単純化される。

  • 光線とイニシエーション~最後で最強の秘教本

    アリスベイリーが逝去する数か月前に完了した最後の本。霊的進化したイニシートのために、DK大師が最後に伝えた智慧ですが・・・・超難解です。ただただ「文字を追う」時間が続くページもありますが、最後の本らしく「未来のビジョン」が含まれた啓示本です。 2025年のために…という視点で本を読むと、予言もありました。 …が、難解です。そこは「私には責任がない」というアリスに倣って、「私はただの門前の小僧です」と先に明言しておきます。 今回の内容は、20世紀初頭から始まっている世界規模の混乱のさなかに、よき種は撒かれる…ということ。混乱ばかりに目をむけていないで、「よき種」を見つけて育てることにエネルギーを使いたいです。今日から4月。しばらくは「光線とイニシエーション」に「未来のよき種の智慧」を見つけてくださいね。 光線とイニシエーション(上巻) P.28-36 序説① *この文章は研究会で朗読しやすいように多少の編集をしています。全文しっかりと読みたい方は必ずAABライブラリーから購入下さい。 したがって、私たちの惑星生命の完全に外側に起源がある降下するエネルギーのラインがある。このエネルギーの流入、周期の法則のもとでの必然的なその影響、物質界で引き起こされるその結果は、 人類がこの時期痛いほど気づいているすべての変化を生じさせてきた。 そして、今もそうである。これは過去と未来を直接衝突させるが、このように言うことで、私は人類が把握できる最も深い秘教的な真理を述べた。 エネルギーは最も低い下降点にすでに到達しており、そのため、現在の機会の性質が変化しつつあることも付け加えたい。これらのエネルギーは今、転換点と呼んでもよい地点を通過し終え、上昇点に達している。 それらは、下降するときには刺激を生み出し、上昇するときには変性と抽出を生み出す。一方の影響も、他方の影響と同じように変えがたいものである。上昇するエネルギーの必然性と、それらが引き起こす影響にこそ、将来の希望全体がかかっている。 したがって、エネルギーの下降が周期の法則のもと―いくつかの新しい「インスピレーション」、未来に向けてのいくつかの新しい「希望の種子」、さらに何人かの活動的な仲介者をもたらすということがあなた方にも明らかであろう。 彼らは、準備、促進、来たるべき新時代のすべての企画、 こうした仕事に対する責任を担っており、これからも担うであろう。

  • 映画「オッペンハイマー」

    オッペンハイマーの愛読書は、古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』。映画でも引用が何度か登場します。闘いに消極的なアルジュナを説得するために恐ろしい姿に変身したクリシュナは「我は死神なり、世界の破壊者なり」と語りました。オッペンハイマーはクリシュナと自分を重ねあわせて、原爆の父となった自分を正当性したのでしょうか。 「世界はそれまでと変わってしまった。我は死神なり、世界の破壊者なり」 ただ「バガバットギータ」は、秘教徒が知る限り、世界の破壊を勧める本ではありません。オッペンハイマーが自責の念を払拭するために、バガバットギータを拠り所にしたのだろうと…考えられます。いずれにしろ、原爆開発の背景に、秘教徒にとっては馴染み深い聖典があったのは、驚き…というよりも納得する感覚がありました。 ちょうど一時間前に観て、このブログを書いています。映画ファンとしては、ノーラン監督らしく時系列ごちゃ混ぜのシーンの連続のため、あと二回くらい鑑賞しないと、ストーリーそのものは理解できないように感じます。 なので感じたことだけ、備忘録として残しておきます。DK大師も原爆のことについて、何度か書いていますが、今日はそことは絡めずに…。 結論から言うと、懸念されていた「広島長崎の悲劇が映像として全くない」という事実は、「広島長崎が尊重されていない」とは受け取りませんでした。この作品は、あくまでもオッペンハイマーという一人の科学者の内面を描いた作品であり、彼の表情や、その後の人生から、原爆を生んだ後悔をオッペンハイマーは負っていたことは伝わりました。 ちょうど一週間前に長崎を初訪問して、訪れた平和記念公園や資料館は、とても平和で穏やかな祈りの地場があったことを思うと、最初の原爆実験があったロスアラモスの今と比較すると、負のカルマを背負ったのは、明らかに合衆国であり、真の勝者は悲劇を乗り越え、緑豊かな都市を復興させた広島長崎の市民たちだと感じました。 その感覚にグランディングできていたので、映画は客観的に、淡々と、誰に心を寄せることもなく鑑賞できました。考えてみれば、日本人の私にとっての「広島長崎の悲劇」は子供のころから、写真やドラマ、日本映画で知り、学んだテーマです。悲惨な遺体や後遺症など、繰り返し観ては、何度も「繰り返してはいけない」と強く思いましたし、「こんな悲惨な目にはあいたくない。怖い」と子供のころは原爆の作品はトラウマになる本能的な怖さも感じました。でも同時に、その悲劇のなかでも輝いた家族愛、同胞愛に心から感動しました。 しかし、この「オッペンハイマー」は、そのアプローチとは全く違う視点から、原爆を作り出した科学者、権力をもった政治家の愚かしさを描いています。そう「人間の愚かしさ」は、昔から私が観ていた原爆映画では伝えられない視点であり、このような多角的に核兵器のことを考えられる映画は、核兵器の脅威が続くいまに必要だと思います。 「核兵器の脅威のなかで生きている現実」を感じられるラストシーンは、アカデミー作品賞に相応しい映画の品格を、私は感じました。それぞれが感じたことが、平和な明日の一つの種となりますように。 追記:作品に何度か登場するアインシュタインの座右の銘はブラヴァツキー夫人の「シークレットドクトリン」でした。そして、アリスベイリーの無二の友人はルーズベルト大統領夫人でした。秘教徒のエナジーをアインシュタインの在り方に感じるシーンは、この作品で唯一「ウキ」とハートが喜んだ場面でした。

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